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TOEIC解答速報の歴史
今日はTOEIC解答速報の歴史を壮大に振り返ってみたいと思います。「敵を知り、己を知れば、百戦危うからず」といいますからね。酒の席のネタになるかもしれませんし、長いですが、ざっと読み流していただければと思います。え、そんなの興味ある人いないよって? そう思う方はそそくさとHUMMERさんmasamasaさんが8時間語り合ったという熱いブログに移動してください。

さて、第1回のTOEICが開催されたのは、1979年12月で、受験者は2773名、平均点は578点でした。ということは、今年で30周年です。記念グッズを販売したら売れそうですね。“TOEIC 30周年記念Tシャツ”とか(笑) などと思っていたら、30周年記念ページなるものができているではありませんか。エイプリールフールに開設するのであれば、「今なら受験すると記念にスコア10%アップサービス中!」などといったジョークを入れて欲しかったですね。さすがに無理かな。

TOEIC誕生の過程については、上記30周年記念ページにも出ていますが、北岡靖男さんという日本人の方の考案によるものです。北岡さんは故人ですが、生前のインタビューではこうおっしゃっています。

私(北岡靖男)は、タイムライフという会社に24年いましたが、東南アジア担当の総支配人でした。そのときの経験から、日本人の国際コミュニケーション能力を高めたいという思いを強く持っていました。『そのためには、まず目標をしっかり定めることの出来るテストが必要であり、世界標準の英語能力テストを作らなければいけない』とアドバイスしてくれたのが、一緒にタイムライフをやめた三枝幸夫さんです。三枝さんには『そういうテストを作るのであればアメリカのETSしかない』というアドバイスもいただきましたので、私がETSに行き、その必要性を訴え、折衝を重ねて誕生したのがTOEICなのです。

TOEICを作られた北岡さんは、高い志を持っておられたことがインタビューの文面からも伝わってきますね。TOEICを受験していると、ついついスコアアップのことばかり考えてしまいがちですが、あくまでもTOEICは手段であって、目的ではないことを肝に銘じなければいけません。

誕生当初は受験者数が少なく財政的にも厳しかったTOEICですが、回を重ねる毎に受験者数も増え、来月5月のTOEICは第146回です。皆さんもご存知の通り、2006年5月の第122回公開テストから試験内容がリニューアルされ、今の問題形式になりました。

面白いのは、今では2種類で落ち着いている問題フォームが、新TOEIC移行当初はたくさんあったことです。ネットから拾った情報ですと、第125回(2006年9月)TOEICの問題フォームは以下の5種類でした。

4CIC16赤紫 4CIC17緑 4CIC18オレンジ 4CIC19青 4CIC20茶

それぞれのフォーム番号の最後の色は問題用紙を止めているシールの色です。当時はネット上の答え合わせでも、「俺、オレンジだけど・・・」などと、この色で区別していたようです。面白いですよね。また、この回では、4CIC16は韓国との共通フォームだったようですが、今はまったく違う問題になっています。ネット上の情報を見ると、この翌月に行われた第126回公開テストから、フォームは2種類になり、韓国とは別の問題になったと思われます。

以前、韓国では試験後に、1フォームだけですが、私など比較にならないレベルの詳細な解答速報をUPしているサイトがあったようです。例えば、第125回のパート5の一部を紹介すると以下の通りです。

136. (Once) the workshop participants have successfully completed their first session, they will be able to understand the complex topics presented later.
(Nevertheless - Despite - Still - Once)

139. As the number of residents’ visit to local swimming facilities climbs, (so does) the demand for lifeguards to supervise them.
(as long as - whereas - so does - as to)

これが200問UPされているわけですからすごいですよね。ネイティブのバイトを高額の報酬で20人雇い、各自10問ずつ覚えさせたとかいう話もネット上では見られますが、真偽の程は定かではありません。また、この韓国のサイトはリンクが切れているので、現在は閉鎖されているのでしょう。

この第125回までは、韓国の速報頼みだった解答速報が、問題が変わったため、「自力で答えをUPしよう」という呼びかけが自発的に発生し、第126回(2006年10月)以降、次第に2ちゃんねるで答え合わせの書き込みが増えたようです。これがいわゆる第一次TOEIC解答速報革命(笑)です。

2007年に入り、2ちゃんねる上では、答え合わせの書き込みが毎回定番となり、TOEICの解答速報の掲示板を個人で設ける方が現れる等、解答速報の質量が向上し始めましたが、その決定版となったのが、2008年1月13日に第1回放送が行われた「TOEIC Blitz Radio」通称“TBR”です。第1回放送には、神崎正哉さん、早川幸治さん、ヒロ前田さん、masamasaさん、常野雄次郎さんという豪華メンバーが参加され、それまでとはレベルの違ったTOEICの解答速報や講評が行われました。これが第二次TOEIC解答速報革命です。

その後、TBRは現在も続く一方、Morite2さんや私が2008年前半に、高原に吹き渡るさわやかな夏の風のように颯爽とネット上に登場し、その的確かつスピーディーな解答速報により、トーイッカーの皆さん、特に若い女性の熱視線を集めるようになったのであります(この段落のほとんどはフィクションです)。

以上、スコアアップには何の役にも立たないTOEIC解答速報の歴史でした。なお、もっと詳しく知りたい方は、「TOEIC解答速報の歴史」(TEX加藤著 民明書房刊)をご参照ください。

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